もくじ
公共の仕組みとしてのサポート
子どもを授かることは、人生を180度変える大イベント。
望まない妊娠に戸惑う人だけでなく、待望の妊娠でも、不安は多いものです。
私も、初めての妊娠・出産を経験したとき、右も左もわからずに戸惑いましたが、デンマークのサポートシステムに助けられました。
では日本ではどうかというと、希望者が受けられる支援があるようです。
東京都世田谷区で出産経験がある友人は、母子手帳を受け取った際に「子育て世代包括支援センター」について案内され、出産前の支援(無料)を積極的に活用したそうです。
厚生労働省のレポートよると、センターの支援内容は自治体によって異なり、内容も様々。
また、古くからの「里帰り出産」などの習慣が根強く残る日本では、センターは相談窓口的な位置を占め、家族に頼る人も多いよう。
対して、デンマークでは、妊娠が発覚した時点で「半強制的に」システムに組み込まれます。
今回のコラムでは、デンマークで受けられるサポートについて、私の経験に基づき紹介したいと思います。
妊娠発覚後~出産まで。NTスキャンとダウン症
まず妊娠が発覚すると、血液検査があります。
人工授精や体外受精を受けた人は、その病院・クリニックで、その他の人は、家庭医(praktiserende læge)で。
そして、血液検査の陽性をもって、一連のサポートがスタートします。
受けられるスキャン(超音波検査)は全部で2回のみ。
11~13週「NT(nuchal translucency scan)」ー 主に染色体の異常の検査と、出産予定日の割り出し。
19~20週 脳や内蔵、心臓、手足や羊水の検査。
NTは、2004年以降、希望する全ての妊婦に無料で提供されています。(それ以前は、35歳以上のみ)
デンマークで、ダウン症をもって産まれてくる子どもが減っていることの「一因」とされていますが、一方で道徳的ジレンマに悩む親も多くいます。
2004年には、ダウン症をもって産まれた子どもは61人。
対して、2014年に、ダウン症と知りながらも産む決断をしたのは2人。
124の胎児が中絶されています。
基本的に、この2回のスキャン以外の超音波検査はなく、後は家庭医と助産師への訪問が7~8回ほど。
尿検査と触診・聴診器での検査が行われます。
そのほかのサービスとして、私が妊娠中の2016年は、「親学級」なるものが存在しました。
デンマーク語もしくは英語で、出産前の心構えや知識に関するセミナーを受けられましたが、その翌年からは、予算カットで閉鎖となりました。
私は産前うつと診断されたため、「追加支援を必要とする妊婦」として、様々な支援を受けましたが、母子体ともに、特に問題がない場合は、主なサポートはこれらのみ。
「妊娠は病気ではない」という考えのもと、病院通いはほとんどなく、運動や少量のアルコールもOKという、リラックスした妊娠期間を過ごします。
自宅か病院か。出産の選択
出産は、病院か自宅か選ぶことができます。
多くは病院で出産するものの、2017年には3.3%(2.050人)が自宅出産するなど、増加傾向にあるようです。
私は、リスクグループに入っていたため、病院での出産。
通常は、会陰切開は無し、無痛分娩もOK。
私の場合は、2時間のスピード出産で、緊急吸引分娩となったため、助産師以外にも医者や看護婦など多くの人に囲まれた出産となりましたが、何も問題がなければ、助産師1人のみが立ち会う出産が「普通」だとのこと。
産まれた直後に赤ちゃんをお腹に乗せられ、へその緒を切り、授乳開始。
赤ちゃんと対面中、トローリーに乗ったデンマークの旗とともに、ホットココア、トースト、サンドイッチなどが届き、家族以外は、部屋を退出。
しばらく、静かな分娩室の中で、親子の対面を味わう時間を与えられます。
赤ちゃんの測定やチェックはその後。
胎脂は良いものととらえているので、お風呂には入れず、真っ白なまま。
出産後は、とても穏やかな時間を過ごすことができました。
「そろそろ出て行く時間ですよ」、病院滞在は4時間以内
帝王切開で産んだ場合や、私のように特別ケアが必要と判断された妊婦は、何日か病院に泊まることが可能。
しかし、出産後何の問題もないと判断された場合は、4時間以内に病室を出て、自宅に戻るように促されます。
これは、初産でも、3人目でも同様。
2017年春までは、コペンハーゲン市でも「産後ホテル(barselshotel)」なるものが存在し、初産の親が、最大2泊まで、一晩数百クローネで滞在できる場所がありました。
手取り足取り助産師のサポートが受けられ、授乳から抱っこ、泣いたときの対応など、わからないことを助けてくれるという位置づけで、従業員と利用者双方の満足度が非常に高いサービスでした。
この「産後ホテル」廃止の発表は、当時、産科のトップや助産師が抗議のために辞職するなど、物議をかもしましたが、その後、「患者ホテル(patienthotel)」に取り込まれたかたちでのサービスに移行。
しかし、このサービスも、2018年12月をもって終了しました。
現在は、出産翌日から、新生児専用の訪問看護士が自宅を訪問、という訪問サポートという形に姿を変えました。
帰宅後~1歳。産後の肥立ちより、親の自立
出産後に印象的だったのは、デンマークでは、出産直後から、待った無しの生活が始まるということです。
日本では親子同室か新生児室か選べるようですが、デンマークでは選択肢はありません。
新生児室は存在せず、産んだ後はすぐに自分(たち)でどうにかすることが求められます。
これは、具合が悪かった私も同様。
自立できるサポートはする、でも「赤ちゃんの面倒を見るから、どうぞその間に休んでね」、というサポートは一切ありません。
夫婦、カップル、または一人で、赤ちゃんとの新たな生活を確立していくことが根底の考えです。
そして、出産後7日間は出産した病院へのコンタクトが取れるものの、その後、サポートのベースは病院を離れ、家庭を訪問してくれる「訪問看護士(sunhedsplejske)」へと移行します。
1歳になるまで、出産翌日から計5回ほど訪問を受け、子どもの精神・肉体の成長が予定通りにいっているかを診断。
必要に応じて、各方面へ紹介する(セラピー、幼児心理学者、保育園)など、窓口的な役割も担っています。
「マザーズ・グループ」でのネットワークづくり
訪問看護士に紹介されて面白かったのは「マザーズ・グループ」。
産休中のママ(パパ)のサポートネットワークを広げるための試みです。
希望者は、近くに住む、出産日(赤ちゃんの誕生日)が近いママたちのグループを紹介されます。
まず郵便で受け取るのは、A4用紙、2枚の紙。
1枚目には、同じグループに入った人たちの名前、住所、電話番号(個人情報の宝庫です)。
2枚目には、第1回目の集まりの日時、場所(メンバー1人の自宅)と、誰が何を持ってくるかの持ち物リスト。
デンマークは、職場でも、金曜日に、持ち寄りで朝食会が開かれることがあります。
Aさんはチーズ、Bさんはパン、Cさんはジャムとバター、Dさんはコーヒーとジュース、Eさんはクロワッサンやデニッシュなどの担当を決め、持ち寄りの朝食会を開きます。
これと同様に、マザーズ・グループでも持ち物リストが決められていました。
マザーズ・グループは、参加者の自主運営で、開始前に受け取る手紙以外、市は一切関与しません。
1回目は市がお膳立てをするけれど、2回目からは、日時も持ち物も場所も自分たちで決めてね、というスタンスです。
私は、当時デンマーク語が話せなかったので、インターナショナル・マザーズ・グループに参加しました。
会は、2回開催されましたが、全員の家をまわりきる前に尻すぼみとなり、そのあとのコンタクトはありません。
デンマーク人の友人たちに聞いても、「グループ内で1人気があう人がいたら儲けもの」といった様子で、一生ものの友人ができるかどうかは運にもよるようです。
産休と仕事復帰
産休については、すでに多くの情報がでているので、ここでは詳細は書きませんが、デンマークの、最大52週の「寛大な」産休システムは世界でも知られています。
イギリスやフランス、アメリカに住む友人たちが、2~3ヶ月で仕事復帰するのを横目に、私はフルに産休をとりました。
また、52週を使い切った後は、無給で産休を延長することも認められています。
そして、多くの親が、1歳を過ぎた時点で子どもを保育園に入れ、職場に復帰するというのがおきまりのパターンです。
デンマークでは、1~2歳の約90%が保育園に通うと言われています。
同じく北欧のスウェーデン、ノルウェーやフィンランドに比べ、この数値は高いです。
私たちの娘は、1歳1ヶ月で保育園に通い始めました。
これを早いと思うか、早くないと思うかは、人それぞれ。
当時は不安もありましたが、早くから集団生活に慣れ、社交性も学んだ娘。
私たちは、この選択をしてよかったと思っています。
「政府の権利と介入」の光と闇
充実しているといわれるサポートは、子どもをデンマークの未来、社会の宝と考えるゆえ。
子どもの安全や健康を確保するためのサポートも、行き過ぎと言われることもあります。
2018年には、2.713人の子どもが、産みの親の同意無しに「強制移転」(Tvangsfjernelse)されました。
法律により、当局には、親の元では子どもに危険が及ぶと判断したり、親に育てる力がないと判断した場合、強制的に子どもを親から引き離す権利があります。
暴力や薬物・アルコール中毒から救われた子どももいる反面、育てたいのに、育てる権利を奪われてしまうことも。
元薬物中毒の両親が、妊娠中に、出産直後に子どもを手放さなくてはいけないことを告げられ、1年かけて弁護士の協力で子どもを「取り戻した」ケースもあります。
当局が示す理由も様々ですが、子どもの安全を思うばかりに、判断を誤うことも少なくないようです。
デンマークの充実したサポートの反面、政府の介入が「線を超えてしまう」という批判もあります。
デンマークで妊娠・出産を経験して
私は、偶然仕事で移住したデンマークで、妊娠・出産を経験することになりました。
何の知識や期待もありませんでしたが、結果的に、デンマークで出産してよかったと思っています。
基本的には必要最低限。
でも必要な人には手厚いサポート、という支援体制。
国によってサポート体制や文化も違うでしょう。
しかし、子どもがもたらす喜び、そして、子どもは未来を担う生命であるということは、世界共通。
世界中に、幸せで笑顔にあふれた幼少時代を過ごす子どもたちが、増えることを願っています。