もくじ
暗いデンマークの冬を脱出!
夜11時頃まで明るい夏とは真逆に、デンマークの暗くて長い冬は有名です。
太陽が出る日はほとんどなく、1年で1番日が短い冬至には、午後3時半に日が沈んでしまうほど。
そんなどんよりした時期を乗り越えるため、冬の間、太陽と暖かさを求めて海外旅行に行く人が多くいます。
私たちも「冬の太陽」の恩恵に与かろうと、娘が1歳9ヶ月の頃、親子3人でタイ旅行に行きました。
暖かい地でリラックスする事が目的だったのですが、この旅行は、子育てをする上で、非常に忘れがたい旅行になりました。
激しく抵抗する娘とがっかりするママ・パパ
そんな旅行に付き物なのが海とプール。
夫も私も、娘と一緒に水遊びをするのを楽しみにしていました。
砂浜で遊んでいるとき、「あっちまで歩いて海の中へ水を汲みに行こうよ。」と娘に提案しても「イヤだ」と言って、ひたすら砂で遊ぶだけ。
午後になってプールで遊ぶときも、「プールサイドに座って水で遊ぼうよ。とっても気持ちがいいよ。」と促しても、子供用プールで遊んでいる他の子を離れたところから観察しているだけで、娘はプールには近づこうとしません。
初日だし、時差ボケだからしょうがないねと夫と話し、次の日を迎えます。
しかし翌日も、状況は全く変わらず。
娘より小さい子も楽しそうにプールで遊んでいるのに、娘はプールと一定の距離を取ったままです。
がっかりした気持ちと焦りから、私と夫はある行動に出ます。
娘を抱っこしたまま、思い切って大人用のプールに入ったのです。
このときの私の考えは、実際にプールに入ってしまえば、気持ちの良さと恐くないことがわかって、すぐに気分が変わるに違いない。
少し泣いても、すぐ泣きやんでニコニコするだろう。
ところが、私の考えと期待は100%裏切られ、娘は「生か死か」、生き残りをかけた死闘のごとく泣き出し、収拾がつかなくなってしまいました。
当時、感情教育についても超ビギナーだった私は、よく考えずに、娘の気持ちより自分の焦りと落胆を優先しまったのです。
自分自身が、無理矢理でもやってみれば結果はついてくるという育ち方をしたからでもあるでしょう。
子どもの性格や状況にもよると思いますが、このとき私と夫が取った行動は、全く裏目に出てしまいました。
同時に、後押しと本人が自分から動くことを待つことのバランスはとても難しいと実感。
この反省をもとに、翌日からは、娘のペースに合わせながら少しづつ慣れてもらうようにサポートします。
「面白いよ。あの子も泳いでるよ。ちょっと入って見ようよ」と言うのは一切やめ、我慢強く、娘の方から自発的に一歩踏み出すのを待つようにすると、少しづつ変化が。
そして最終日には、プールサイドに座り、自分でプールから水をくんで、くんだバケツの水を自分の身体にかけるというところまで前進し、涙が出たことを覚えています。
結局最終日になってもプールの中には入らなかったものの、親としても、本人の成長にも、大きな成果があった出来事でした。
今起こっていることや考えていることを説明する大切さ
もう一つの紹介したいエピソードは、「感情教育」に関わるものです。
タイに到着してから何日か経ったある日、夕日を見ながら、潮が引いて大きく開けた砂浜を3人で散歩していると、遠くに犬を連れた旅行者が見えました。
続けて、遠く離れた波打ち際に向かって歩き続けると、その犬がこっちに向かってきます。
私は、深く考えず、デンマークで出会った犬とするように、ごく自然に「こんにちは」と挨拶し、そのまま先へ進もうとしましたが、次の瞬間、犬は私のすぐ目の前にいました。
夫はとっさに娘を抱きかかえます。
すると、その犬は私に向かって飛びついてきて、半ズボンから丸出しの脚を噛んだり引っかいたりを続けます。
私は「助けて!」と助けを求めますが、飼い主も知らんぷり。
恐くて一刻も早くその場を離れたい私は、犬を振り払おうとしますが、振り払えば振り払おうとするほど、犬は遊びだと思ってやめません。
そこで初めて、その犬は飼い主がいない野良犬だということに気づいたのですが、時すでに遅し。
果たして10秒だったのか、10分間だったのか。
一瞬の出来事だったのでしょうが、とても長く感じました。
その後、犬は別の方向に離れていったのですが、私は半パニック状態。
視線を下に移すと、脚には多数のひっかき傷があり、血も出ています。
すぐにホテルのレセプションに行き、夫が状況を説明するのですが、その間、私はショックで何も言えません。
傷自体は大したことがなかったのですが、狂犬病のワクチン注射を受けるため、すぐにタクシーで隣街の救急病院に行くことになりました。
後部座席に3人で座り、タクシーが走り出してしばらくした後、私は初めて注意を娘に向けることができました。
娘は、砂浜からずっと何も言わずにいたのです。
そのとき私は、ふと、いつかのエマとの会話を思い出しました。
「子どもは、大人が何も言わなくても、何かがおかしいと察する」
「親がお腹が痛かったり、気持ちが悪かったりするときは、子どもにシンプルな言葉で説明するといい。」
「説明しないと、多くの場合、自分のせいだと自分を責めてしまうような間違った解釈をしてしまう。」
すぐに私は、娘にも何が起こっているか説明することにしました。
噛まれて血が出ている脚を指さし、「ママ、痛い痛い。」
「今は痛いけど、大丈夫だからね。」
すると娘は、私の脚を指さし、「ワンワン、イタイイタイ」と言ったのです。
それを聞いた瞬間、私の気持ちがすーっと落ち着きました。
ああ、娘は全て見ていて、状況を理解しているんだなとわかったからです。
そして、私が口にすることで、「よくわからないけど、口にしてはいけない恐い出来事」として遠い記憶の中に残るのではなく、娘も安心するんだなと、ほっとしたのを覚えています。
「デンマーク流」の手応え — 伝えることが重要!
デンマークに戻った後、児童心理学者のエマにこの事を話すと、「お嬢さんもママが怖がっているのを見ていて、何か悪いことが起きているんだと恐かったのだろう。」
「あなたは、彼女が理解できるシンプルな言葉で説明し、適切な対応をした。」と言ってくれました。
娘は、その後しばらく、私の脚の傷を見るたびに、「ママ、痛い」と言いました。
散歩中に出会う犬も怖がりました。
事件をよく覚えているのです。
「あの時は痛かったけど、もう大丈夫だよ」
そして、エマのアドバイスに基づき、近所の人が飼っている犬に会ったときは、「これはいいワンワンだよ。やさしいよ」と言ってなでるようにします。
その数年後に行った旅行では、娘もプールで泳ぎ、今では、近所の犬もなでるようになりました。
自分の境界線を探りながら、1歩を踏みだし成長していく娘。
親には悪気がなくても、口に出して話さないことで、自分を責めてしまうかもしれない、繊細な子どもの感情。
娘も、親としての私も、大きく成長できた、思い出の旅行となりました。