ヒュゲリなコラム

生物の授業がディベートと演劇に!? デンマーク中学校でみた究極の参加型授業

もくじ

キーワードは「オオカミ」と「ロールプレイ」

前回の課外授業に引き続き、再び、ボーディングス・フリースコーレに潜入してきました。

当初の予定では、前回と同じ小学2年生の授業を取材する予定でしたが、今回も急遽予定変更。

9年生(日本で言う中学校2年生、14~15歳)の授業を取材させてもらうことになりました。

担当する先生は、前回と同じイェンスクリスチャンです。

授業の科目と内容を知ったのは当日の朝。

「90分間の生物学の授業で、オオカミについてのロールプレイをする」と説明を受けたのですが、頭の中は、はてなマークだらけ。

「オオカミ?」

「生物学なのに実験じゃないの?」

「しかもロールプレイってどういうこと?」

これらの疑問は、このユニークな授業に参加しながら解かれていきます。

飾り気のない大人びた生徒たち。化粧も顔ピアスもOK

午前10時25分、教室に入ると、休憩時間中らしく、教室内は賑わっています。

するとすぐに、入り口近辺にいた一人の生徒が「初めまして。私はエスターよ」と、堂々と笑顔で自己紹介をしてきました。

社交性が重要視されるデンマークでは、保育園から社交性について学びますが、14歳では、すでに大人並みの社交基盤ができているようです。

授業開始の合図のベルとともに、皆が席に着くと、赤い箱をもった1人の生徒が、皆の携帯電話を回収。

携帯の入った箱は、授業中は先生の机の上に置かれています。

しかし、イェンスクリスチャンによると、携帯が手元から離れるのは授業中のみで、休憩時間には、持ち主に返されるとのこと。

売店で「モバイルペイ*」を使った買い物ができるようにとのことですが、携帯に関する決まりは、まだ試行錯誤のよう。

1クラスの生徒数は20人。

席は、2人づつ隣り合わせの指定席で、3ヶ月ごとに席替えがあるそう。

制服はなく、男女とも、ジーンズにスニーカーのカジュアルな格好。

派手に着飾った子や、ブランド物を持った子はゼロ。

化粧やマニキュア、顔中にピアスをした子や、ニット帽をかぶった子など、服装は自由です。

*デンマークでは、スマートフォンのアプリを通じて、銀行口座から直接引き落とされる、デビット方式の買い物が浸透しています。

授業予定表と課題

授業開始後、パワーポイントがスクリーンに映され、授業の内容とスケジュールが紹介されました。

本日の予定
・ゲストの参加、なぜ?(2~3分)
・今日の授業の目的(2~3分)
・ロールプレイについて「デンマークに狼は存在すべきか」
ペアで、与えられた役の論点と意見のまとめ(22分)
ロールプレイ(22分)
・議論:なぜ自然を保護するべきか
私たち個々の自然との関係性

課題
・狼について調べる
・与えられた「ロール」の意見をサポートする論点を探す(なるべく多く、事実に基づいていること)
・名札を作る
・1分の短い自己紹介(グループごと)の準備

YouTubeとスクリーンをフル活用

授業中は、黒板の代わりのテレビ画面が大活躍でした。

まず始めに、導入・問題提起として、「デンマークに狼が増えている」という題材を扱ったニュース番組の短いビデオを流します。

ビデオでは、ヨーロッパ大陸から、ドイツを通って、狼がデンマークに流れ込んでいるという事実のほか、街頭インタビューなどで、様々な相異なる意見を紹介。

「狼におびえている、迷惑している」という市民や農家に加え、「狼は危険ではない、誤解されている」という研究者などです。

事実に基づく現状と、違う視点からなる異なる意見をシェアすることで、ロールプレイの基盤が設定されます。

みな真剣!? ロールプレイの準備と役作り

続いて、隣に座っている人とペアを組み、先生から「役」が書かれた紙切れが渡されます。

この時点では、私は、どんな「役の種類」があるのかわからなかったのですが、主な先生の指示は、「役になりきる」「個人的な意見ではなく、役の立場からの意見に集中」「プロになったつもりで」の3点。

みな、配られたプリントと、ノートパソコンを使った検索をもとに、意見をまとめます。

ここで面白いなと思ったのは、個人的な意見は関係ないということ。

すなわち、自分の意見とは違う役が振り当てられる可能性もあります。

なお、コンピューターは学校からの支給ではなく、1人1台、個人でコンピューターの所有が義務づけられているとのことです。

もちろんWiFiへのアクセスも可能。

さぼってネットサーフィンをする子もいるかなと見回しましたが、ざっとみた印象では、没頭レベルは異なるものの、皆、真面目に、わいわいがやがや準備をしている様子。

そして、20分後、準備時間は終了。

先生の指示で机と椅子をコの字に並べた後、先生からのリクエストは、たったの2つ。

「パソコンの蓋を閉めること」(必要な場合は、各ペアで1台のみOK)

「ガムをかむときは音を立てないこと」

手書きの名札を机の上に並べると、準備完了です。

ヒートアップする議論と、役になりきる生徒たち

この時点で、初めてどんな役割があるのかが明らかになりました。

・市長、副市長
・SF(Socialist People’s Party、社会主義人民党)
・農家
・大学生
・野鳥観察家
・羊飼い
・大学研究者
・小さい子どもがいる家族

みな、役になりきって、順に自己紹介をしていきます。

手書きの名札にも、仮名の「役名」が書かれていて、寸劇を観ているよう。

まずは、市長役の2人が、「議会」をオープンします。

設定は、「近頃オオカミが増えて困っているという声を聞くが、実際はどうなのか。代表者を集めて意見を聞きたい」。

各「代表者」たちから意見を聞き、最終的に市としての判断を下すというシナリオです。

続いて、参加した代表者たちが、順に自分たちの自己紹介と共に、意見を述べていきます。

「商売道具の羊を食べられて困っている」

「子どもたちが安心して森で遊べない」

「オオカミは、人に危害を与えない」

「人間が自然を破壊したせいで、狼は居場所がなくなり、ドイツから北に向かって逃げてきた」

真面目に意見を述べるグループ、ジョークに走るグループ、役に入り込むグループ。

様々な生徒の個性が出ていました。

一通り自己紹介が終わると、ディベートに突入。

みな、次々に挙手をして、意見を交換します。

しかし、司会の役割を持つ「市長」が、話し合いの進行を担うため、基本的に先生は口出しはしません。

「静かに!」と議論を静めたり、誰が話す番かを決めるのも、市長役のペア。

自分たちが最終的に意見をまとめるのに必要な情報を集めていきます。

この時点では、「生物学」の授業であるということは忘れてしまうほど、ヒートアップしたディスカッションが繰り広げられていました。

まるで、ディベートと演劇の授業を見ているようです。

日本で、座って聞くことが基本の義務教育を受けた私には、信じられないほど「自由」で「参加型」な授業。

役になりきって泣き真似をする生徒や、役になりきれずに照れ笑いをしてしまう生徒。

先生は一言も喋らず、生徒たちが進める「授業」が続きます。

こうして盛り上がったディベートも、市長が結論を出す前に、時間切れで終了となりました。

ここで興味深かったのは、時間切れを宣告した先生を生徒が制したこと。

「ちょっと待って。まだ言いたいことがある」と、先生を遮ってまとめの言葉を述べたのです。

「意見を聞いてもらうことに慣れすぎている節もある」と言われているデンマークの若者ですが、自分の意見をしっかり述べることに訓練を重ねのるは、デンマークの教育の特徴ではないかと思います。

こうしてディベートは終了。

生徒たちが進めていた「授業」は、再び、先生主導に戻ります。

まとめとして、オオカミが銃で射殺されるビデオを観た後、生物多様性について話し、授業は終了となりました。

どちらの意見が正しいか、答えは出しません。

視点を変えて学ぶ、「デンマーク式」生物学の授業

全くの予想外の、ユニークな生物学の授業。

果たして他の授業も同様なのか、近くにいた生徒に聞いてみると、「イェンスクリスチャンの授業はユニーク」との答えが返ってきました。

他の先生の授業は、教科書をベースに学ぶものも多いが、今回のようなユニークな授業とのバランスが気に入っていると言います。

同時に、先生のイェンスクリスチャンにも、なぜこのようなユニークな授業をするのか聞いてみました。

フリースコーレでは、授業のやり方は、基本的には先生個人に任されていて、割と自由に決められるそう。

今回の授業も、ニュースを観ていてひらめいたそうです。

また、「生物学のエッセンスの一つは、見解や意見に関するものだ」と言います。

なるほど。

今回題材として取り上げられたオオカミも、敵ととらえるか、自然の一部ととらえるか、意見が大きく分かれます。

異なる意見をロールプレイとして取り入れ、正解がない題材を生徒たちに議論させることによって、教科書を読んでノートを取るだけでは得られないものを学びます。

決まった形にとらわれず、コミュニケーションをも取り入れたこのような授業は、デンマークらしいと感じました。

また、様々な意見を皆が述べた上で、複数ある意見・正解の中から、1つの決断を下すというシチュエーションは、大人になってからも、職場や友人間でも日常的に出会います。

自分の個人的な意見ではなく、他人の立場に立って意見を述べることは、自分とは異なる、多様性を受け入れることにつながります。

デンマークという小さな社会内のみでなく、グローバル社会でも重要なスキルです。

こうして、10代の若い頃から、大人顔負けのディベートに慣れていくデンマークの子どもたち。

このような「スーパー参加型授業」も、それを手助けするのでしょう。

ちなみに、イェンスクリスチャンに、このような授業にどうやって「点数」を付けるのか聞きました。

選択制テストではないので、細かい点はつけにくいそうですが、参加の様子や意見のまとめ方という視点で点数をつけるようです。(デンマークの点数は、7段階システム)

学校潜入を終えて

こうして、今回のフリースコーレ潜入は幕を閉じました。

前回の小学校低学年の課外授業と同様に、フリースコーレならではなのか、非常に自由な環境。

しかし、机に突っ伏して寝ている子や、ネットサーフィンをしている子はゼロ。

講義を聞くだけの「受け身授業」ではなく、積極的に参加することが求められ、「授業への参加度」に点がつけられるユニークな授業でした。

また、今回取材した中学生は、前回取材した小学校低学年の子たちの、7年後の姿。

そういった視点でも、非常に興味深い取材でした。

現在は、コロナのロックダウン中で、全国の学校は閉鎖中。

ネットを通じたリモートベースの授業が行われています。

今の時点で予定されている学校潜入はありませんが、また機会があれば、ぜひ紹介したいと思っています。